耳が聞こえないメンバーからのメッセージ

『すべての子供達が
“夢を実現できる”
と希望が持てる社会を』

歌のバリアフリーコンサートの劇中の写真1

 私は九州最南端にある海と山に囲まれた小さな町で生まれました。生まれた時から私は
耳が聞こえません。それでも海の波を見ながら、何の音かは分からないけれど何か聞こえ
る気持ちになったことを覚えています。

私は自然から、人から、物から、音楽から、そして自分の身の回りの色んなものから“気持ち”を聞けたらいいな、と思っています。
“耳が聞こえない”とはどういうことなのか?私が耳が聞こえる人達に理解してほしいこと。

それは、耳が聞こえない人達は入ってくる情報が少なく遅いから“分からないだけ”という
ことです。
耳が聞こえないからといってできないことはありません。かわいそうではないのです。


私には忘れられない思い出があります。
小学校1年生の時のこと。私は当時、耳が聞こえる子供達と同じ小学校に通っていました。
ある日、体育館に全校児童が集まり、先生がレコードをかけました。
皆は大喜びでニコニコ笑顔になりとても楽しそうでしたが、私には何が起こっているのか分かりませんでした。

「分からない!」という気持ちが爆発し、私はレコードを取って床にこすり付けました。

悪いことをしたつもりはないのに、上級生から非難の厳しい眼差しを浴びました。
その後もずっと「私が悪かったのか?」と心に引っかかっていました。

数年後に当時の担任の先生からいただいた手紙にこの時のことが書かれていました。
「クリスマスのレコード事件、覚えていないかなあ。
あれは私があまりにもうかつだったのよね。
みんなに素敵なクリスマスソングを聞かせてあげようと思って、新しいレコードを買ってきてかけたら、みんなはとても喜んでくれたのに、加奈ちゃんは突然『わ、た、し、わ、か、ら、な、い』とレコードをとって床にガサゴソこすりつけてしまったの。
『ごめんね、加奈ちゃん、先生が悪かった』と謝ったけれど、
加奈ちゃんは皆から非難されるし、ほんとに、ほんとに悪くて、
私までが涙が出そうでグッとこらえた事を覚えています」。

先生は当時まだお若く、私については試行錯誤の日々で随分ご苦労されたことが手紙にも綴られていましたが、先生はいつも本気で耳が聞こえない私と向き合って下さっていました。

耳が聞こえる人でも全く言葉の分からない外国に行き、周りの人達が楽しそうに笑って
お喋りしているのに自分だけ何も分からない、寂しいという気持ちになることが
あると思います。それと同じことなのです。

しかし、耳が聞こえる人は自分で外国語を勉強することができますが、耳が聞こえない人が
情報を得るには手話通訳や筆記など聞こえる人達の手助けが必要になります。
是非そのことを分かって下さい。

耳が聞こえない人にも色んな人がいます。
何年か前、耳が聞こえない人達とカラオケボックスに行ったことがありました。
聞こえないのにカラオケモニターの字幕を見ながら身振りと手話で歌う姿を見て
感動しました。聞こえなくても、本当は歌いたい人がたくさんいました。
耳が聞こえない人の中にも音楽が嫌いな人と好きな人がいます。

音楽が嫌いな人は「歌詞が分からないしつまらない」と言います。しかし、聞こえる人でも「今の音楽は歌詞が分からないしうるさい」と音楽が嫌いな人もいます。
聞こえない人も、聞こえる人も同じなのです。
また私が子供のとき、私の両親は同じ聴覚障害を持っていてもはっきり言葉が話せる子
供と私を比べて「なんで自分の子供はできないんだ」と悩んだこともあったようです。
障害を持つ子供のご両親やご家族の中には、耳が聞こえる人達と同じ舞台に立って躍る私
を“特別な人”として、「自分の子供はできない」と思われる方もいらっしゃいます。

でも、それは違います。耳が聞こえなくても、聞こえても、音楽が好きな人と嫌いな人がい
るように、それぞれ子供には好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、不得意なこと、できること、
できないことがあります。それが個性であり、障害を持っていても、病気でも、健康でも、
みんな同じなのです。

私は耳が聞こえないからできない、無理だ、と思われたくありません。

舞台に立つことは私の使命だと思っています。
耳が聞こえる人と同じ舞台(しかも歌を楽しむコンサート!)に立つ私の姿を見て、
一人でも多くの障害を持つ子供達やそのご家族の方に「あきらめなければ夢は実現できる」という希望を持ってもらえたらと思います。
大人の皆さんは全ての子供達の夢を応援してください。

どんな子供も「あきらめなければ夢を実現できる」と
希望が持てる社会になることを強く願っています。


ハッピーブリンデン
花メガネザルのカナン